桜高の沿革(2)

桜高の沿革(1)からのつづき 

〇大正15年(1926年)11月 

母校の前身である橘樹郡程ヶ谷町立実科高等女学校(後の桜丘高校)の設立許可が認可されました。尋常小学校卒業を資格とする4か年制です。

〇昭和2年(1927年)4月 

程ヶ谷町立実科高等女学校創立。同月、同校は横浜市に移管し、開校しました。

併設の程ヶ谷町立女子実業補習学校も横浜市に移管され、横浜市立程ヶ谷家政女学校と改称し、実科高等女学校の付属校として同一校舎を使用しました。

同5月 

程ヶ谷町立実科高等女学校を横浜市立実科高等女学校と改称しました。その5月31日を開校記念日と定めました。

〇昭和3年(1928年)4月 

区制施行に伴い、併設の横浜市立程ヶ谷家政女学校を横浜市立保土ヶ谷家政女学校と改称しました。

〇昭和4年(1929年)4月 

実科高等女学校校長の高田文哉先生が、学校の教訓の綱領として「正・優・強」を定めました。 

(つづく)

     

     

写真は、当時の校舎正門、ひなまつりの様子です。



 ※ 横浜市立桜丘高等学校は、令和9年(2027年)創立100周年を迎えます。