桜高の沿革(6)からのつづき
〇昭和23年(1948年)4月
学制改革により新制高校となり、「横浜市立桜丘高等学校」と校名を改めました。
この頃、制服が制定されました。近年までその制服は続きました。
同6月
女子バレーボールチームが県大会で優勝しました。以降、毎年のように関東大会に出場しました。
同11月
校舎落成記念並びに創立21周年祝賀式典が挙行されました。
同12月
生徒討議会が行われました。
昭和23年(1948年)ころ プールから見た校舎(陸軍工場の払い下げ)〇昭和24年(1949年)4月
校長に森要之助先生が就任されました。森校長は、昭和34年10月まで在任します。
本校初の男子生徒が11名入学しました。
同6月
横浜市立高校連合体育大会が開催されました。
同11月
全員参加のクラブ活動が開始されました。
〇昭和25年(1950年)1月
「PTA」が創立されました。
同6月
横浜市立桜丘高等学校幸ヶ谷分校が「別科2か年制」として、横浜市立幸ヶ谷小学校内に設置されました。
幸ヶ谷分校は昭和31年(1956年)に廃校となります。
同12月
自治校友会誌「映丘」が創刊されました。
※ 櫻丘会総会が令和7年4月6日(日)14時から母校にて開催されます。多くの同窓生の皆さまのご参加を願っております。事前申込みは不要です。
※ 横浜市立桜丘高等学校は、令和9年(2027年)創立100周年を迎えます。

