桜高の沿革(14)

桜高の沿革(13)からのつづき

〇 昭和45年(1970年)

全国に高校紛争が起こりました。

同3月

卒業式が内容中心に切替えられ、簡素化されました。

卒業証書授与は総代から学級代表になり、来賓祝辞が廃止されました。

「君が代」、「仰げば尊し」の斉唱が止められました。

同4月

男子の制帽着用が自由化され、無帽が公認されました。

      登校風景

補習が廃止され、従来行われていた模擬テストが中止されました。

      テスト風景

ハンドボール部男子チームが関東大会準々決勝に進出しました。

〇昭和46年(1971年)1月

従来行われていた第3学年の3学期特別時間割が廃止され、普通授業が行われることになりました。

〇昭和47年(1972年)4月

剣道部女子が全国大会個人戦に出場しました。

〇昭和48年(1973年)3月

「九州一周7泊8日の修学旅行」が最後となりました。

     
同4月

教育課程が改定されました。従来のコース制(普通、文、理)をやめ、クラスを固定し、3年次に幅広く科目選択することとなりました

文部省指導要領により、従来のクラブ活動が廃止されました。桜高においては従来の「クラブ」を「部」と改めました。生徒会組織より独立させ、職員の部活動委員会の指導により運営されることになりました。

同9月

各教室の後部にスチール製の個人ロッカーが設置されました。

(つづく)


※ 横浜市立桜丘高等学校は、令和9年(2027年)創立100周年を迎えます。