桜高の沿革(15)からのつづき
〇昭和53年(1978年)8月
陸上競技部 男子三段跳びでインターハイ出場しました。
同10月
2年生修学旅行が北九州方面 5泊6日で実施されました。これは前年より1日減、範囲も狭くなりました。
同12月
正門・図書館前・前庭等の改修が行われました。
〇昭和54年(1979年)1月
第1回国公立大学共通1次学力試験が行われました。桜高もその会場となりました。
同9月
桜高祭2日目が台風接近のため中止になりました。
2年生修学旅行が北九州方面 4泊5日で実施されました。前年よりさらに1日減となりました。
〇昭和55年(1980年)7月
サマーキャンプが復活しました。上高地・徳沢キャンプ場、蝶ヶ岳登山。
同12月
スキー教室が雪不足のため中止となりました。
〇昭和56年(1981年)2月
第1回合唱コンクール(生徒会主催)が横浜市民ホールにて開催されました。
同3月
校内柔道卓球大会の柔道招待者として山下泰裕4段(当時)が来校しました。
同4月
新入生より学区が変更されました。旭区、瀬谷区が西部学区に移りました。相鉄線沿線中心から横須賀線(特に戸塚)中心になりました。
同10月
2年生修学旅行が初めてグループ学習中心となりました。中国・四国方面 4泊5日で実施されました。
〇昭和57年(1982年)2月
第2回合唱コンクールが流感による学年閉鎖により中止になりました。
同8月
陸上競技部 女子200mでインターハイ出場しました。
(つづく)
※ 横浜市立桜丘高等学校は、令和9年(2027年)創立100周年を迎えます。




